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水戸地方裁判所 昭和59年(ワ)171号 判決

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ金一二〇万円ずつ及びこれらに対する昭和四九年一二月二一日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

理由

第一  請求

被告は、原告らに対し、それぞれ金一〇〇〇万円ずつ及びこれらに対する昭和四九年一二月二一日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、公職選挙法違反被疑事実により逮捕、勾留され、警察署の留置場において、身柄を拘禁されていた被疑者が、舌をかんで自殺を図り、急性心不全により死亡したが、これについて、所轄警察署の署長、警察官、嘱託医らに過失があつたとして、被疑者の妻子が、所轄警察署を統括する茨城県に対し、国家賠償法一条一項に基づき、損害賠償を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  当事者

(一) 原告ら

原告甲野花子(以下「原告花子」という)は、甲野太郎(以下「太郎」という)の妻であり、原告甲野一郎は、太郎の子である。

(二) 被告

被告は、茨城県土浦警察署(以下「土浦署」という)を統括する地方公共団体である。

2  本件事件の発生

(一) 太郎は、昭和四九年一二月一五日(以下、同月内の事実については、年月の記載を省略し、日時のみを記載する)に実施された茨城県議会議員選挙に関し、同日、公職選挙法違反被疑事実(金銭供与による買収行為、以下「本件被疑事実」という)により逮捕され、土浦署の留置場に留置され、一八日、同事実により勾留され、引き続き同留置場に拘禁されていた。

(二) 太郎は、一九日午後七時八分ころ、土浦署の留置場第一房(以下「第一房」という)内において、舌をかんで自殺を図つたため、土浦署の看守担当警察官ら(以下「看守係警察官」という)が、これを制止するため、同署所属の他の警察官らと協力して、太郎の口に割箸をかませた上、同署管理の普通乗用自動車(ライトバン型パトカー車、以下「パトカー」という)に乗車させ、同署嘱託医の小林二郎(以下「小林医師」という)が同乗して、午後七時四五分ころ、土浦市内所在の土浦協同病院(以下「協同病院」という)に到着した。

(三) 協同病院において、治療が開始された同日午後七時五五分ころ、太郎は、呼吸、脈拍、意識がなく、瞳孔も約四ミリメートルに拡大し、対光反応もなかつたが、同病院医師らによつて、直ちに緊急治療措置が施行された結果、一時自発呼吸が復活したものの、結局、意識を回復することもなく、二〇日午前四時二二分急性心不全により死亡した。

二  原告らの主張

1  太郎の死因

太郎の死因は、太郎が舌をかんだ際、看守係警察官がこれを制止するため、タオルを巻いた割箸を、太郎の口腔内に咽頭部に向けて押し込んだが、太郎をそのまま仰向けにした状態で、パトカーに乗せて協同病院に搬送したため、この割箸が太郎の咽頭部に入り込み、嘔吐反射によつて嘔吐された胃液等の酸性強度の胃内容物が気道から肺に入り、肺を損傷させて、肺水腫となり、これにより呼吸麻痺を起こし、呼吸機能が麻痺し、無酸素状態となり、その結果、脳機能が麻痺し、急性心不全に至つたものである。

2  被告の責任

(一) 捜査係警察官及び看守係警察官の過失

(1) 自殺防止義務違反

捜査を担当する警察官は、被拘禁者に対する健康保持義務を負うところ、土浦署の捜査担当警察官(以下「捜査係警察官」という)は、太郎が逮捕当初から精神状態が異常で自殺のおそれがあることを知つていたから、取調べを継続して太郎を精神的に追い詰めることを避け、妻の原告花子との面会、精神科医の治療、入院、釈放等の手続をとるべきであつたのに、右義務に違反して、このような措置をとらなかつた過失により、太郎の自殺行為を防止できなかつた。

(2) 応急措置義務違反

捜査係警察官及び看守係警察官は、被拘禁者に自殺等の自傷行為があつた場合には、直ちに適切な応急措置を行い、速やかに病院などにおいて適切な治療を受けさせ、重大な結果の発生を未然に防止すべき義務があつたのに、右義務に違反して、直ちに救急車の要請も搬送病院の手配も行わず、太郎の気道確保など適切な応急措置もとらなかつた過失により、太郎を死亡するに至らせた。

(二) 土浦署長の過失

土浦署署長であつた所知也(以下「土浦署長」という)は、土浦署の統括責任者として、勾留の執行機関としての代用監獄である土浦署留置場において、専門の看守を配置するなど責任を持つた看守体制をとり、日頃から、傷害事故が発生した場合の措置について看守係警察官に対して、教育訓練を行い、的確な措置をとることができるように能力の向上を図る義務があつたのに、右義務を怠り、専門の看守を配置せず、応急措置に対する教育訓練も行わなかつた過失により、太郎を死亡するに至らせた。

(三) 土浦署嘱託医の過失

小林医師は、土浦署嘱託医として、警察業務の履行を補助する立場にあつたから、土浦署長や捜査係警察官の履行補助者として適切な応急措置をとるべき義務があつたところ、太郎が舌をかんだ後、土浦署に臨場して、太郎の診断をし、また、搬送中のパトカーにも同乗したのに、その間、気道確保等の適切な治療行為を行わなかつた過失により、太郎を死亡するに至らせた。

3  損害

(一) 太郎の損害

(1) 逸失利率 二三二四万八一四〇円

(2) 慰謝料 六〇〇万円

(3) 相続

太郎の相続人は、妻の原告花子、長男の原告甲野一郎、長女の乙山良子であるところ、太郎の被告に対する損害賠償請求権を各三分の一宛相続により取得した。

(二) 原告らの損害

慰謝料 各二〇〇万円

(三) 弁護士費用 各一〇〇万円

(四) 本訴請求額 各一〇〇〇万円

以上の損害の内金、各一〇〇〇万円ずつとこれに対する本件事件発生の日の翌日から支払済に至るまでの間の遅延損害金。

三  被告の主張

1  太郎の死因

太郎は、神経質な性格である上、本件被疑事実によつて、身柄を拘束され、かつ、同じ部落内の住民多数に迷惑をかけたことについて、懊悩していたところ、舌咬による舌挫創に基づく出血が凝血塊となり、口腔内の粘液、唾液などの分泌物と混合して喉頭部に刺激を与えたため、その刺激が誘因となつて声門痙攣症を惹き起こし、これにより酸素消費が増加されるとともに、気道に高度の狭窄が起こつて、酸素供給が減少し、一層呼吸が困難となる悪循環を招き、その結果、低酸素状態もしくは意識低下を生じ、低酸素血症が増悪した状態のもとで、舌根沈下あるいは喉頭痙攣などが惹き起こされ、呼吸停止、心停止に至つたものと理解される。

2  被告の責任について

(一) 舌咬による自殺行為を防止することは、事柄の性質上、不可能であるから、捜査係警察官、看守係警察官らに、太郎の自殺行為防止義務はなかつた。

(二) 太郎の自殺行為を防止するため、土浦署は、夜間の看守係警察官を増員して、常時監視する体制をとり、第一房には施錠しないで、緊急事態が発生したときには、直ちに看守係警察官が房内に入れるようにし、また、太郎の気持ちを落ち着かせるために、房外で警察官や同じ被疑事件の被疑者と一緒に食事をさせたり、励ましたり、小林医師に太郎の診察をさせ、精神安定剤を投薬するなど万全の措置をとつた。

(三) 太郎の精神状態に異常がみられた段階においては、太郎は、送検され、接見禁止決定を伴う勾留決定後であつたから、土浦署の判断において、太郎と原告花子らとの面会をさせることや太郎の身柄を釈放することは、法律上できなかつた。

(四) 太郎の舌咬直後、看守係警察官は、直ちに太郎の口を開けて、割箸を入れ、それ以上舌をかまないようにし、直ちに、小林医師の往診を求めて治療を受けさせた後、小林医師の意見により、病院に収容するため、小林医師も同乗して、パトカーで県南病院に向かつたところ、同病院には医師が不在であることが判明したため、急遽、至近の緊急病院である常陽病院に搬送したが、同病院にも医師が不在であつたため、さらに、協同病院に搬送し、その一〇分後に治療が開始されたものであつた。

このような経過に照らすと、土浦署が応急措置を講ずべき責任は、小林医師が到着するまでの間であり、その間の措置に落ち度はなかつた。

小林医師到着後の措置の責任は、同医師が負うべきであり、また、常陽病院に搬送後、同病院の医師が不在で治療できなかつたことや協同病院に搬送後、治療開始までに時間を要したことの責任は右各病院が負うべきである。

(四) 小林医師は、土浦署の嘱託医であつたが、嘱託医の職務は、検診のみであり、本件のような緊急時の医療行為はこれに含まれないから、太郎の舌咬後小林医師が行つた治療は、土浦署の職務とは無関係の、太郎と小林医師間における私的な医療関係に基づくものというべきである。

3  消滅時効

仮に、被告に本件事件に基づく責任があつたとしても、原告らは、遅くとも、昭和五六年三月末日には、太郎の死亡による加害者及び損害を知つたから、同五九年三月末日の経過により、原告らの被告に対する損害賠償請求権は時効により消滅した。

四  主要な争点

1  太郎の死因

2  捜査係警察官、看守係警察官、土浦署長の太郎に対する自殺行為防止義務違反及び太郎の舌咬後の応急措置義務違反の有無

3  太郎の舌咬後の小林医師の治療行為における過失の有無及びその公務性

4  消滅時効の成否

第三  争点に対する判断

一  事実経過

当事者間に争いのない事実及び《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

1  本件事件に至るまでの経過

(一) 太郎は、農業に従事する傍ら、住居地の甲田農協役員や同乙田部落班長などの役職を経験したが、犯罪の取調べを受けたことはなかつた。

(二) 一五日に施行された茨城県議会議員選挙について、同年一二月初めころ、同選挙立候補者の運動員をしていた太郎と丙川春男(以下「丙川」という)について、本件被疑事実を指摘する匿名の情報が土浦署に寄せられ、捜査の結果、その疑いが生じたため、土浦署は、一〇日、太郎と丙川に任意出頭を求め、同署巡査部長の宮本英雄(以下「宮本巡査部長」という)が太郎を、同署巡査部長の勝村佶正(以下「勝村巡査部長」という)が丙川を、それぞれ取り調べたが、右両名は、概ね本件被疑事実を認める供述をした。

その際、太郎は、宮本巡査部長に対し、他人に迷惑をかけることになつてしまつたので、このまま留置して欲しいなどと述べたが、土浦署幹部職員らから、悲観することのないように説得されて帰宅した。

(三) ところが、その後、太郎らに買収金を交付した者が、不在者投票を済ませた後、所在不明となつたため、土浦署は、証拠湮滅防止の見地から、太郎と丙川の通常逮捕状及び自宅の捜索差押許可状の発布を得て、一五日夕方、右各令状の執行をした。

そして、太郎は、同日午後六時二八分、第一房に収容され、同日は、午後七時二五分ころ就寝したが、異常はみられなかつた。

(四) 土浦署は、一六日、午前九時五八分ころから一二時一〇分ころまでの間、太郎の取調べを行い、午後二時二一分ころから五時五〇分ころまでの間、取調べと健康診断を行つた。

太郎は、取調べに対し、素直に事実関係を認める供述をしたが、家族や部落内の者に迷惑をかけたことを悔やみ、また、新聞報道されることを極度に懸念して、悩んでいる様子で、元気がなかつたものの、格別の異常はみられず、健康診断の結果も異常がなく、同夜は就寝した。

(五) 土浦署は、一七日の午前中は、太郎の取調べを行わず、太郎は、午後一時五分ころから三時ころまでの間、水戸地方検察庁土浦支部において、検察官の取調べを受けた。

太郎は、同日午後七時二〇分ころ、夕食として出されたかつ丼を残し、悲観している様子で、寝つかれないらしく、房内でぶつぶつとひとりごとを言つたりしていた。

(六) 一八日午前〇時二〇分ころ、太郎が、用便を訴えたため、看守係警察官が、追随して留置場内のトイレに行き、用便をさせたところ、太郎が、突然、小便所の仕切りのコンクリートに、顔面を打ちつけたため、同警察官が直ちにこれを制止し、太郎を出房させて、刑事課長の立会のもとに身体の検査をしたが、顎の下にかすり傷程度の受傷をしただけであつたため、医師の治療は受けさせなかつた。

しかしながら、太郎が、その際、「俺がいないと家がつぶれてしまう。いつそのこと死んでしまえば心配がなくていい。死にたい。」などと洩らしたため、取調室において、他の警察官らが湯茶、煙草を与えながら、悲観することはないと説得したが、太郎は、帰房後も「俺のおかげで家がめちやくちやになつた。俺がいなければすむことだ。眠れない。家が心配だ。」などと述べたり、布団の中で涙を流したりして、就寝できない様子であつた。

(七) 太郎は、一八日の朝食をまつたく食べなかつた。

同日は、午前九時五分ころから九時三〇分ころまで、九時五五分ころから一一時一八分ころまで、午後〇時五五分ころから二時五分ころまで、五時五分ころから五時三〇分ころまでの四回出房し、宮本巡査部長の取調べ、勾留請求のための検察官の取調べ、裁判官の勾留尋問などが行われたが、宮本巡査部長の取調べは雑談程度で、実質的な取調べは行われなかつた。

同日、太郎に対して勾留、接見交通禁止の各決定がなされた。

(八) 土浦署は、太郎の精神状態に配慮して、同日夜間の看守係警察官を二名から三名に増員し、およそ三〇分間隔で留置署を巡視するなど太郎の監視体制を強化した。

太郎は、同夜も眠れない様子であつた。

(九) 宮本巡査部長は、一九日午前九時一二分ころ、太郎を出房させ、取調べのため、動静を見分した結果、取調べに着手するのが相当でないと判断したため、午前中は雑談などをし、その後、取調室において、同じ被疑事実で土浦署留置場に勾留されていた丙川を同席させて、太郎と一緒に昼食をした。

その際、丙川も励ましの言葉をかけたが、太郎は、出されたそばを半分位食べただけであつた。

同日午後も、雑談に終始し、取調べは行わなかつた。

土浦署は、同日午後四時三〇分ころ、小林医師(内科医)に依頼して、太郎の診断をしてもらつた結果、神経症と診断され、就寝前に服用させるように指示されて、精神安定剤を交付されたが、入院の指示はされなかつた。

太郎は、午後四時四〇分ころから弁護人と接見交通した後、四時五〇分ころ、帰房し、五時一五分ころ、毛布を頭から被つて横になつていたため、看守係警察官が、顔を出しているように注意したところ、「はい」と言つて、毛布を肩まで下げた。

(一〇) 同日午後六時一〇分ころから四〇分ころまでの間、勝村巡査部長が、太郎と一緒に取調室で、夕食をとり、来合わせた土浦署長らとともに、受供与者の取調べや新聞報道については配慮するから心配しないように慰めたり、励ましたりしたが、太郎は、味噌汁一杯と弁当六分目位を食べただけであつた。

(一一) 土浦署では、それまでの経過から、太郎を長期間留置するのは相当でないと判断し、一九日午前中、茨城県警察本部や水戸地方検察庁土浦支部の担当検察官に対し、その旨の報告をし、移監の指揮、家族、知人を通じて説得するための接見禁止の解除手続等を取るように求め、また、同日から、看守係警察官を四名に増員し、内二名に、常時、太郎の動静を観察させるとともに、不測の事態に対処するため、太郎の同房者を他の房へ移して、第一房は太郎だけの独房とした上、無施錠状態にした。

(一二) 原告花子は、太郎が逮捕された後、一六日午前、一七日午前、一九日午後四時三〇分ころの三回、土浦署へ赴き、太郎との面会を求めたが、いずれも拒絶された。

2  本件事件の発生

(一) 土浦署巡査部長の桜井良一(以下「桜井巡査部長」という)は、他三名の警察官と共に、一九日午後五時一五分ころ、前勤務者と交替して、翌朝までの間の看守業務に就いたが、交替に際し、上司や前勤務者らから、太郎に自殺のおそれがあるから注意するように指示を受け、また、留置人行状録等の記載から、太郎が自傷行為を行つたことを知つた。

(二) 土浦署留置場は、高さ約一メートルの看守台に向かつて扇形に合計八室の留置房と保護房が設置されており、本件事件当時、太郎は、看守台に向かつて左端の第一房に収容されており、看守台には桜井巡査部長と他一名、第一房の前に他二名の看守係警察官が、いずれも椅子に座つて看守業務に就いていた。

(三) 同日午後七時八分ころ、桜井巡査部長が、第一房に近づき、房内で仰向けになつて横たわつていた太郎に対し、就寝のための寝具を房内に運び入れるように声をかけたが返事がなかつたため、房内に入つてひざまずき、再度声を掛けたところ、太郎は、拳で目をこするようなしぐさをした後、突然顔を左右に振り、「ううつ」と唸つた。

桜井巡査部長は、太郎の口から舌の先が見えたため、太郎を舌がかんだと直感し、咄嗟に「ベロをかんだ」と叫び、太郎の口元に指を入れて口を開けさせようとしたが、太郎が「ううつ」と唸りながら歯をかみ締め、指をかまれたため、指を引き抜き、他の看守係警察官に割箸等を持つてくるように言い、他の看守係警察官が持つてきた割箸を、太郎の口の中に突つ込んでくわえさせた。その間、他一名の看守係警察官がこれを手伝い、太郎に割箸をくわえさせた後、太郎の上半身を起こした。太郎の口からは、大量ではなかつたが、沸き出してくるような出血があつた。

(四) 太郎は、手足を動かして激しく抵抗し、泣くような感じで、「ううつ」とか「うわあつ」というような声を出し、手を離すと再び自殺行為をする様な形勢であつたため、他の看守係警察官や知らせを受けて駆けつけた当直勤務の警察官ら四、五名が、太郎の手足等を押さえ付けたり、再度、舌をかまないように、タオルや割箸等をくわえさせようとしたりした。

(五) 土浦署刑事課長は、本件事件発生直後にその連絡を受け、直ちに、小林医師に電話を架けて往診を求め、同署警察官に、同署から一キロメートル以内の場所にある小林医師宅まで緊急自動車で迎えに行かせた。

(六) 小林医師は、午後七時二〇分ころ、同署に到着し、太郎の状態を診た結果、太郎を病院へ収容するように指示した。

そのころまでの間に、太郎の口には、割箸二、三本にタオルを巻いたものが入れられたが、それがどのようにして入れられたかは明らかでない。

(七) 同日午後七時三六分ころ、太郎を病院に搬送するため、仰向けにして、両側をそれぞれ三人位の警察官が抱えて、第一房から搬出し、ライトバン形式のパトカーの後部座席を倒した中央部分に、頭部をパトカーの前部に向け、仰向けにして乗車させ、太郎の両側に勝村巡査部長、宮本巡査部長及び他一名の警察官が、前部座席に運転者、小林医師、他一名の警察官が乗車し、同日の緊急病院であつた県南病院に向かつて出発した。

(八) 太郎は、タオルを巻いた割箸をくわえさせられ、仰向けにされたまま、第一房から搬出され、パトカーで搬送中もそのままの姿勢であつたが、第一房から搬出されるころから、暴れたり、声を出したりしたことがなかつた。

パトカー内では、勝村巡査部長は、太郎が、再度舌をかまないように注意を払いながら、パトカーの揺れによつて太郎の体が移動しないように足を押さえ、小林医師は、時々振り返つて見た程度で、太郎の体に触れて診断したり、警察官に何らかの指示を与えたこともなく、宮本巡査部長と他一名の警察官の行動は詳らかでない。

パトカーは、走行中、サイレンを鳴らし、高速で疾走していたため、車体は震動し、喧騒であつた。

(九) 太郎を搬送途中、土浦署からの無線連絡により、県南病院には医師が不在であることが判明したため、無線指示に従い、引き返して同じ緊急病院である常陽病院に向かい、午後七時四〇分ころ、同病院に到着したが、その時点では、太郎の脈拍はあつた。

ところが、同病院も医師が不在であつたため、そこからさらに協同病院に向かい、午後七時四五分ころ、協同病院に到着した。

3  協同病院到着後死亡までの経過

(一) 協同病院は、土浦署からの電話連絡により、本件事件発生の事実を知り、同病院看護婦らが、搬送用ベッドを用意して、病院玄関に出迎え、到着したパトカーから、太郎を搬送用ベッドに移し、直ちに、病院内に搬入した。

そして、午後七時五五分ころ、同病院医師菊池武雄(以下「菊池医師」という)らが治療を開始したが、治療開始時の太郎の状態は、呼吸、脈拍が停止し、意識も、対光反射もなく、瞳孔は約四ミリメートル拡大しており、チアノーゼが著明であつた。

(二) 菊池医師は、直ちに、閉胸式心マッサージを開始し、他の医師の応援を求めて、徐細動の目的でノルアドレナリンの心内注入、マウス・ツー・マウス法による人工呼吸、気管内挿管による酸素の調節呼吸等の治療行為を行つた結果、心マッサージ開始後約七分で心拍動が開始し、引き続き、調節呼吸を継続しながら、静脈確保して、昇圧剤等の注入等の治療行為を施した結果、午後一〇時五〇分ころ、自発呼吸が出現し、脈拍一六〇回、血圧一二〇ないし一五四となつた。

(三) 午後一一時三〇分ころ、太郎に喘鳴があつたため、気管内吸引したところ、血性液が少量吸引され、肺水腫状態になつていることが分かつたが、口腔内は、唾液が主で、出血は殆ど止まつていた。

午後一一時ころ、太郎には、対光反射がなく、右側瞳孔散大の傾向がみられた。

(四) 午後一二時ころ、自発呼吸は八回で、気管から泡沫状血性液が排泄され、二〇日午前〇時四五分ころ、体温が四一度に上昇し、気管から血性分泌液の排泄が持続し、午前三時二五分ころ、血圧が下がり、午前四時二二分心停止し、死亡するに至つた。

(五) 太郎の舌には、右先端に長さ約二センチメートルの皮膚及び粘膜切開の挫創があつたが、舌は切断されていなかつた。

また、下顎部斜横に長さ二センチメートル、幅〇・七センチメートルの表皮欠損創があり、左上顎第二歯が欠損していた。

(六) なお、水戸地方検察庁土浦支部の担当検察官は、本件事件発生後直ちに、水戸地方裁判所土浦支部に対して、太郎の勾留執行停止の申立を行い、制限住居を協同病院とする勾留停止決定がなされ、一九日午後九時三五分、その執行がなされた。

二  太郎の死因

1  医学的知見

《証拠略》によれば、次のとおり認めることができる。

(一) 正常に呼吸していた人の呼吸が、呼吸中枢の梗塞などにより、瞬時に停止した場合でも、酸素が体内にいろいろな形で蓄積されているため、直ちに心拍動停止(心臓死)に至るものではなく、心拍動停止までにはかなりの時間(推測三分ないし一〇分以上)がかかると考えられるが、完全または不完全気道閉塞が先行する場合には、呼吸困難に由来する努力呼吸や興奮状態に由来する激しい体動のため、体内の酸素がほとんど消耗された状態で呼吸運動が停止するため、呼吸運動停止と心拍動停止との間隔は短縮される(推測五分以内)と考えられる。

(二) 心拍動が停止してから四分以内に気道確保、人工呼吸(マウス・ツー・マウス)及び閉胸式心マッサージが適切に行われ、八分以内に酸素投与、徐細動、血管確保、薬物投与などが適切に行われれば、極めて高い率で死亡が避けられるとの報告がある。

(三) 口腔内にタオル等が留まつていても、鼻孔を通して肺換気(呼吸)が可能であるため、呼吸困難もしくは呼吸停止には至らない。しかしながら、これが咽・喉頭部に陥入すれば、肺換気が障害されるが、その場合に意識が保たれていれば、苦しさのため、これを除去しようとする。

意識レベルがかなり低下していても、タオル等が咽・喉頭部に陥入し始めれば、嘔吐反射により胃内容物が嘔吐され、この吐物・吐液は口腔から体外に排泄されないかぎり、気管や気管支に流入し、これらを閉塞して死に至る危険性があり、この危険性は、意識レベルが低い程高く、血液の場合よりもはるかに高い。

(四) 低酸素状態・意識低下のもとでは、舌根沈下又は喉頭痙攣による気道閉塞されることがあり、口腔内にタオル等が詰め込まれていれば、舌根沈下や吐物・吐液の気管・気管支への流入も助長される。

(五) 口腔内に出血があつた場合には、血液が口腔内で凝血塊となり、これが気道閉塞の原因になることも、唾液等の分泌液が気道閉塞の原因になることもあり得るが、意識レベルが高ければ、咳嗽反射により咯出される。

(六) 舌咬防止の処置としては、猿ぐつわをかませるの有効であり、そのようにすれば、呼吸困難に陥ることはなく、また、嘔吐反射も咳嗽反射も起こり得ない。

2  前示の事実によれば、次のとおり認めることができる。

(一) 舌咬による太郎の受傷は、舌の先端部分の長さ約二センチメートル程度の挫創であり、出血もそれ程多量であつたとは認められない。

(二) 太郎は、舌咬後第一房から搬出された一九日午後七時三六分以前においては、激しく抵抗していたが、第一房からの搬出時以降は、抵抗したり、暴れたりしたことがなく、また、常陽病院に到着した午後七時四〇分ころは、まだ脈拍が認められたが、協同病院において治療が開始された午後七時五五分ころには、呼吸、脈拍が停止し、意識も、対光反射もなく、瞳孔が約四ミリメートルに拡大し、チアノーゼも著明な状態に至つていたから、太郎の心機能及び呼吸機能は、午後七時三六分以前においては正常であつたが、その後、気道閉塞により低酸素状態に陥り、意識も低下し、午後七時四〇分以降五五分までの間に、心拍動が停止したと認められる。

(三) 協同病院における治療開始七分後の午後八時〇二分ころ、心拍動が開始し、午後一〇時五〇分ころ、自発呼吸が出現し、午後一一時三〇分ころ、喘鳴があつたため、気管内吸引した結果、血性分泌液が吸引され、肺水腫状態にあつたことが確認されたが、この間に血性分泌液が吸入された事実は認められないから、この血性分泌液は、協同病院における治療開始以前に吸入されたと認められる。

しかしながら、前示のとおり、太郎の心機能及び呼吸機能は、午後七時三六分以前においては正常であつたと認められるから、この段階では、まだ、この血性分泌液の吸入はなかつたと推認するのが相当であり、そうだとすると、午後七時三六分ころから午後七時五五分ころまでの間に、この血性分泌液が吸入され、肺水腫状態に至り、意識も喪失するに至つたと推認できる。

(四) 太郎は、パトカーで搬送中、タオルを巻いた割箸二、三本を口腔内に押し込まれ、仰向けにされたままの姿勢で、勝村巡査部長に足を押さえられていたが、太郎のその以前の状態や警察官らの対応からすると、宮本巡査部長や他一名の警察官も、勝村巡査部長と同じく太郎の身体を押さえていたものと推認される。

(五) 太郎の上顎第二歯が折損していたこと、口部に受傷があつたこと、看守係警察官らは、太郎がさらに舌咬するのを防止するため、太郎の口の中に割箸、タオル、タオルを巻いた割箸等を入れようとしたことからすると、その際、太郎の右第二歯が折損したものと認められる。

3  以上の事実と前示の医学的知見を総合すれば、太郎の舌咬後、さらに舌咬するのを防止するため、看守係警察官らが、太郎の口にくわえさせたタオルを巻いた割箸又はそのタオルの先端が、その後、徐々に、太郎の口腔奥部の咽・喉頭部に達し、これにより嘔吐反射が惹起され、酸性度の強い胃液等の分泌液やその他の胃内容物が嘔吐されたが、太郎は、仰向けにされ、タオルを巻いた割箸を口に詰め込まれたままの状態で、手足を押さえられていたため、これらの嘔吐液や嘔吐物を排出できず、これが気管内に流入し、咳嗽反射によつても咯出されなかつたため、気道が閉塞されるとともに、強酸性の胃液が肺内にも流入して肺水腫となり、呼吸麻痺を引き起こして呼吸が停止し、その結果、低酸素状態をもたらし、心停止に至つたと推認するのが相当である。

なお、前示の事実関係からすれば、このような過程において、舌咬により出血した血液が、口腔内で凝血して凝血塊となり、この凝血塊も気管内に流入し、これが右のように咳嗽反射によつても咯出されず、気道閉塞に寄与したことも否定できない。

その後、協同病院において、緊急蘇生術が施行された結果、一時的に心拍動や自発呼吸が回復したものの、その時点においては、既に呼吸中枢が破壊されていたため、それ以上回復するに至らず、再び、呼吸停止、心停止し、死亡するに至つたと推認される。

4  被告は、太郎の気管内から吸引されたものの中に、太郎が一九日夕食に食べた飲食物がなかつたから、太郎には、胃内容物の嘔吐反射はなかつたと主張するけれども、《証拠略》によると、吐しや物吸引による気道閉塞の場合、気管押管による調整呼吸において必ずしも異常音を発するとは限らないこと、気管内吸引により吐物が認められなかつたとしても、そのことから直ちに誤飲がなかつたことの証拠にはならないこと、凝血塊の気管内流入のみによつては、太郎が肺水腫であつたことの理由を説明できないことが認められるから、右主張は採用できない。

三  被告の責任

1  留置者に対する警察署職員の義務

逮捕・勾留されている被疑者は、法令に基づいて、身体を拘束され、行動の自由を制限されているのであるから、国は、その反面として、被疑者の生命、身体の安全を保護し、健康を保持すべき義務があるというべきである(以下、この義務を「在監者保護義務」という)。

監獄法一条三項によれば、警察官署に附属する留置場は監獄に代用することができることとされているから、警察署の職員は、右法条により留置されている在監者に対して、在監者保護義務を負い、その義務の内容として、在監者の自殺等の自傷行為を防止し、そのような事態が発生した場合には、直ちに、適切な応急措置を取るべき義務を負うというべきである。

2  自殺防止義務違反の過失について

(一) 原告らは、土浦署所属の捜査係警察官及び看守係警察官には、太郎の自殺行為を防止すべき義務に違反した過失があつたと主張する。

前示の事実によれば、土浦署所属の捜査係警察官及び看守係警察官には、太郎の自殺行為を防止すべき義務があつたと認めることができる。

しかしながら、前示の事実経過に照らすと、土浦署は、太郎の精神状態に異常がみられた一八日以降は、実質的な取調べを行わなかつたから、無理な取調べがあつたわけではなく、また、土浦署長、取調警察官、同じ被疑事実によつて身柄拘束されていた丙川などを通じて、度々激励したり、房外で食事をさせるなど精神的な安定を図るために配慮し、さらに、嘱託医である小林医師の診断を受けさせ、太郎に自傷行為があり、自殺のおそれがあるとみられた後は、順次、看守係警察官を増員して、常時監視する態勢を取り、太郎を単独収容にし、施錠しないで、不測の事態が生じたときには直ちにこれに対処できるようにしたのであるから、このような対応に手落ちがあつたとはいえない。

そして、舌咬による自殺行為は、格別の道具も準備行為も要しない自殺手段であつて、事前にこれを防止することは事実上不可能ないし極めて困難な手段であることを考慮すると、本件の場合、太郎の自殺行為を防止できなかつたことは止むを得ない結果であつて、土浦署所属警察官らに、自殺防止義務違反の過失はなかつたというべきである。

(二) なお、前示の事実によれば、太郎は、本件被疑事実により、家族や近隣者に迷惑をかけたことに責任を感じ、また、新聞報道されることを極度に恐れ、このことが自殺の動機であつたとみられるところ、前示の事実及び証拠によれば、太郎の逮捕の事実は、その翌日の一六日に新聞報道されたこと、本件被疑事実の刑事上の処理は未了であつたこと、本件事件の直前の一九日午後四時四〇分ころ、弁護人が太郎と接見交通したことが認められるから、仮に、太郎に対して、家族との面会、釈放、入院等の処置が取られたとしても、太郎の自殺行為を防止できたとは認められない。

(三) したがつて、原告らの自殺防止義務違反の主張は理由がない。

3  応急処置義務違反の過失について

(一) 太郎は、第一房から搬出されるころまでは、抵抗していたから、意識があつたと認められるが、その後は、激しく抵抗することも暴れることもなく、パトカーに同乗していた警察官らも、パトカーの揺れに対処するため、太郎の体を押さえていた程度であつたことからすると、第一房から搬出された一九日午後七時三六分ころから協同病院において治療が開始された七時五五分ころまでの約二〇分間に、低酸素状態、意識低下の状態に至つたと推認され、また、自発呼吸開始後、喘鳴があり、気道内から血性分泌液が排出されたことからすると、意識レベルが低下する前の段階において、嘔吐反射、咳嗽反射があつたと推認できる。

(二) 前示の医学的知見によれば、嘔吐反射、咳嗽反射などによる吐液、吐物などの排泄、咯出、気道確保などの適切な処置が取られれば、太郎は、呼吸停止、心停止に至ることがなかつたのであり、また、脈拍があることが確認された常陽病院到着時の午後七時四〇分ころから約一〇分経過後の七時五〇分ころ以前に治療が開始されれば、救命できた可能性が高かつたことが認められる。

(三) ところで、太郎が舌咬したのは、午後七時八分ころであつたが、小林医師が一キロメートル以内の自宅から土浦署警察官の運転する緊急自動車の迎えによつて土浦署に到着したのは約一二分後の七時二〇分ころであり、小林医師は格別の治療行為をすることもなく、病院への収容を指示したのであるから、看守係警察官もしくは捜査係警察官らが、太郎の舌咬後、病院へ搬送する必要のある場合に備えて、直ちに収容すべき病院を探索し、医師の在院の有無を確認していれば、医師が在院する病院を容易に確認することができ、小林医師が病院へ収容するように指示した後、速やかに医師の在院する病院へ太郎を直接搬送することができたと認められる。

そうすれば、午後七時三六分よりもかなり早い時点で土浦署を出発し、七時四五分よりもかなり早い時間に医師の在院する病院へ太郎を搬送し、七時五五分よりもかなり早い時間に医師の治療を受けることが可能であつたと認められるから、太郎を救命することが充分に可能であつたと認めることができる。

したがつて、直ちにこのような対応をしなかつた点において、看守係警察官もしくは捜査係警察官らに過失があつたといわざるを得ない。

(四) また、太郎は、第一房から搬出されるころまでは、抵抗していたけれども、その後は、もはや激しく抵抗することも暴れることもなかつたから、パトカーに同乗していた勝村巡査部長らは、注意深く観察していれば、そのしばらく前までは、激しく抵抗し、暴れていた太郎が、抵抗もしなくなつた変化に気付き、同乗していた小林医師の指示を仰ぎ、嘔吐反射や咳嗽反射があれば、太郎の口にかませていたタオルを巻いた割箸を取り除き、顔を横にして嘔吐物を排泄させるなどの適切な応急処置を取ることも可能であり、もし、そのような措置を取つていれば、太郎は死に至らなかつたと認めることができる。

そうだとすると、パトカーに同乗して、太郎の監視に当たつていた勝村巡査部長、宮本巡査部長及び他一名の警察官は、右のような適切な処置を取らなかつた過失があつたといわざるを得ない。

4  小林医師の過失及びその行為の公務性について

(一) 前示の事実によれば、小林医師は、土浦署の嘱託医として、自らの判断で太郎を病院へ収容することを指示し、パトカーに同乗したのであるから、医師としての立場で、搬送中の太郎の状態を間断なく注意して観察するとともに、必要に応じた救命の措置をとるべき義務があり、ことに、太郎は、口腔内にタオルを巻いた割箸を入れられたまま、三人の警察官に身体を押さえられ、自由を拘束された状態であつたから、より以上に観察を厳重にすべきであつたというべきである。

しかるに、小林医師は、前部の座席から時々振り返つて見る程度で、太郎の身体に触れて、その状態を確認することもしなかつたのであるが、もし、この間に気道確保などの適切な応急措置をとつていれば、太郎を救命することが可能であつたと認められるから、小林医師にはこの点において、過失があつたといわざるを得ない。

(二) 被告は、小林医師は、健康診断だけを行う目的の嘱託医であつて、本件の場合における診断や治療は、嘱託医としての業務内容に入らないと主張する。

しかしながら、太郎は、当時、勾留中で、行動の自由を有せず、自らの意思と責任で、医師を選択してその治療を受けることはできなかつたのであり、一方、土浦署は、太郎の依頼により小林医師の往診を求めたのではなく、小林医師も、太郎との間の診療契約に基づいて、土浦署へ往診し、太郎に対する治療行為をしたわけではなく、嘱託医の立場で、土浦署の往診依頼に応じたものであつて、その依頼を拒絶できる立場にもなかつたものである。

したがつて、土浦署が小林医師の往診を依頼し、同医師の指示により、太郎をパトカーにより病院へ搬送したことは、勾留中の被疑者である太郎を留置していた代用監獄たる土浦署の業務として行われたものであり、小林医師の治療行為は嘱託医としての公務に属するものというべきである。

小林医師が、単なる健康診断の目的で出動を求められたものでないことは、前示の事実経過に照らし明らかであるが、仮に、小林医師が、太郎の健康診断だけの目的で往診を求められたものであつたとすれば、そのときにおける太郎の状態からして、土浦署のそのような措置の当否が問われることになる。

したがつて、この点に関する被告の主張も採用できない。

5  被告の責任

土浦署所属警察官は、被告の公権力の行使に当たる公務員であり、また、小林医師は、土浦署の嘱託医として、土浦署から依頼されて、太郎の治療行為に当たつたものであつて、公権力の行使に当たる公務員の職務の履行を補助する者であつたと認められるところ、これらの警察官及び小林医師がその職務を行うについて、前示のとおり過失があつたのであるから、被告はこれによつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

四  消滅時効について

1  《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告花子は、一九日夕方、弟妹とともに土浦署へ赴き、太郎との面会を求めたが、面会できずに、帰宅した。

ところが、午後八時ころ、駐在署勤務の警察官が、迎えに来て、詳しい事情の説明もないまま、協同病院へ連れられて行き、そこで、太郎が舌をかんで自殺を図つたと説明されたが、警察官からも、医師からも、それ以上の詳しい説明はされず、太郎の死亡後も同様であつた。

(二) 原告花子は、太郎の死亡を報じた新聞記事の内容から、太郎の死亡について、警察側に何らかの落ち度があつたのではないかと疑問を抱き、その後、土浦市の法律相談、水戸地方法務局の人権課、水戸弁護士会などを訪ねて、相談したが、いずれも警察側の責任を問うことは難しい旨の回答を受けた。

(三) しかしながら、原告花子は、これに納得できなかつたため、昭和五三年ころ、土浦署に赴き、一九日の看守係警察官四名の氏名を聞き出し、順次、訪ねて、太郎の死亡時の事情や死因などについて、話を聞こうとしたが、いずれも明確な説明をしてくれなかつた。

また、そのころ、小林医師や協同病院の担当医師などを訪ねたが、同様に明確な説明は得られなかつた。

(四) その後、水戸弁護士会所属弁護士の助言で、昭和五五年ころ、日弁連人権擁護委員会に調査の申立をしたところ、同委員会は、予備審査の結果、同五七年五月ころ、調査開始を相当としたものの、事件が茨城県下の事件であることなどを理由として、水戸弁護士会へ移送し、これを受けた水戸弁護士会は、昭和五八年一〇月二〇日、調査の結果、人権侵犯を認定できるに足りる証拠がないとして、調査を打ち切る旨の通知をした。

(五) 原告花子は、右の通知の理由を聞きに水戸弁護士会を訪ねたところ、東京の弁護士会へ相談に行くように助言されたため、昭和五八年一〇月ころ、第二東京弁護士会法律相談センターに赴き、相談をした結果、原告ら代理人を紹介され、同年一一月二五日、調査を依頼した。

(六) 原告花子は、その後、原告代理人らとともに、本件事件当時の協同病院の担当医師二名、桜井、桜井巡査部長らを、埼玉県内や、茨城県内の居宅などに訪ねて説明を受け、その結果、本件訴えの提起を決意した。

そして、昭和五九年四月三日、原告代理人らに本件訴訟提起及び遂行を委任し、同年五月一二日本訴が提起された。

2  以上の事実に照らして検討するに、本件事件は、警察署留置場内において発生した事件であつて、関係者は警察関係者が多く、事件に関係した警察官や医師らも明確な説明をしてくれなかつたから、原告らが事実関係を正確に把握することは難しい事案であつたこと、原告らは、その後、法律専門家である弁護会の法律相談を含む各地の各種相談窓口を訪れて、相談を重ねたり、日弁連人権擁護委員会に調査申立をしたりしたものの、結局、被告の責任を肯定する意見は出されなかつたこと、本件は、法律専門家である弁護会においてさえ、二回にわたつて責任を問うことが難しいとの結論を下した程微妙な事案であつたことに鑑みると、原告らが、本件事件について、加害者及び加害の事実を知るに至つたのは、原告らが原告代理人らに本件訴訟提起及び遂行を委任した昭和五九年四月三日であつたと認めるのが相当である。

そうすると、本訴は右同日から三年以内に提起されたことになるから、被告の消滅時効の主張は理由がない。

五  損害

1  太郎の損害について

本件は、前示のとおり、自殺行為により受傷した太郎に対する土浦署警察官及び小林医師らの応急措置に過失があつたという事案であるから、太郎の死は、太郎が自ら意図した結果が発生したに過ぎないことになる。

したがつて、本件の場合、太郎には損害の発生がなかつたというべきであるから、太郎の損害の発生を前提とする原告らの請求は理由がないといわざるを得ない。

2  原告らの損害

(一) 慰謝料 各一〇〇万円

本件事件の内容は、原告らの夫であり、父である太郎が自殺行為を図つたことに基づくものであること、土浦署警察官及び小林医師の過失内容は、しつように自殺行為を継続していた太郎を救命するため必死に行動していた緊迫した状況下における応急措置に不充分な点があつたというものであるから、強い非難を加えることは酷であるというべきであること、その他本件に顕れた諸事情に照らすと、太郎の妻である原告花子、長男である原告甲野一郎の慰謝料は、各一〇〇万円が相当である。

(二) 弁護士費用 各二〇万円

本訴認容額、本件事件の難易、本訴の審理経過その他の諸事情を考慮すると、原告らが被告に対して請求することができる弁護士費用は、各二〇万円が相当である。

第四  結論

以上のとおりであるから、原告らの被告に対する本訴請求は、主文記載の限度でこれを認容し、その余の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村田長生 裁判官 小野田礼宏)

裁判官 岩崎敏郎は転補につき、署名押印することができない。

(裁判長裁判官 村田長生)

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